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東京高等裁判所 昭和58年(う)940号 判決

被告人 金川睦春

昭一二・五・三一生 不動産業

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人貝塚次郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官窪田四郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意に対する判断

一  法令解釈の誤りの主張(控訴趣意書記の第三)について

論旨は、要するに、原判決の判文上は宅地建物取引業法四七条一号に関する原裁判所の解釈は明示されていないけれども、原裁判所において、同条同号所定の「重要な事項」についての告知は、書面を以てこれを行うことを要し、口頭による告知をしたのみでは、同条同号違反の罪(同法八〇条)の成立を免れ得ないとの法令解釈に立脚して事実認定に臨んだものであることは、原審裁判官が、〈1〉当初に予定されていた判決宣告期日ににわかに弁論を再開し、起訴状記載の訴因を「書面によつて告知しなかつた」趣旨に変更させる意図の下に、原審検察官に対し、「訴因を変更する意思はないか」と求釈明したが、検察官においてその意思のないことを表明するや、被告人質問を施行し、昭和五六年の同法改正前から、重要事項については取引主任者をして書面により説明させなければならないものとされていたことを知つていたのではないかなどと発問していること、〈2〉弁護人において、弁論要旨補充書により、同法四七条一号の告知は書面によると口頭によるとを問わない趣旨と解すべきである旨の意見を開陳したのに対し、原判決の宣告終了後に、「当裁判所は、同条同号の告知は書面を以て行うことを要するものと解釈する。被告人が書面で告知したと認めるに足りる証拠はない。」旨付陳していることに照らし窺知するに難くない、右法令解釈の誤りであることは多言の要を見ず、これが判決に影響を及ぼすこともまた明らかである、というのである。

しかし、法令解釈、適用の誤りとは、本来、認定した事実に適合しない法令や無効な法令を適用した場合をいうのであつて、性質上、原判決の判文自体に照らし、その存否を明らかとなし得るものであるところから、控訴趣意書の記載要件としても、その存在を指摘するを以て足り(刑事訴訟法三八〇条)、訴訟手続の法令違反(同三七九条)、事実誤認(同三八二条)、量刑不当(同三八一条)などのように、「訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実」の援用を要しないものとされているのである。この理は、法令解釈の誤りが先行し、引いて訴訟手続の法令違反(その多くは審理不尽)や事実誤認を招来している場合にも等しく妥当し、法令解釈の誤りを(これによつて招来された訴訟手続の法令違反や事実誤認と併存する)独立の控訴理由として主張し得るのは、当該法令解釈が原判決の判文上明示されている場合、従つて、記録や証拠に現われた事実の援用をまたずにその誤りを指摘し得る場合に限られ、判文に明示されていない「隠れた法令解釈の誤り」を原因ないし縁由として、訴訟手続の法令違反や事実誤認が招来されている場合においては、端的に後者の事由のみを控訴理由として主張し得るに止まるものと解するのが相当である(蓋し、原判決自体に誤つた法令解釈が明示されている場合には、控訴審裁判所に対し、直接その是正を求める実益があるのに対し、隠れた法令解釈の誤りの場合においては、これによつて招来された不当な結果の除去を求めるを以て、被告人の救済に充分であるからである。もとより、後者の事由の有無を判断するに際し、控訴審裁判所が、前提となる法令解釈についての判断を示すことがあるのは、これと次元を異にする問題である。)。

これを本件について見るに、原判決は、宅地建物取引業法四七条一号の解釈に関し、何らの明示的判断を判文に示していないのであるから、所論法令解釈の誤りの主張は、その前提を欠くものといわなければならない、論旨は理由がない。

二  事実誤認の主張(控訴趣意書記の第二及びこれに引用する同趣意書別紙「事実の誤認について」と題する書面の記載)について

論旨は、要するに、原判示罪となるべき事実の骨子は、被告人は、茨城県知事から免許を受け、「神立不動産」名義で営業する宅地建物取引業者であるところ、昭和五五年一一月一五日午後零時ころ、佐藤豊を相手に、茨城県新治郡千代田村大字下稲吉字逆西三四六五番の八所在の雑種地二三一平方メートル(七〇坪)を仲介売却する契約を締結するに際し、右業務に関し、〈1〉右物件が茨城県知事の許可なしには建物の建築ができない都市計画施設予定地内に存するものであることを秘し、〈2〉右物件は公営の上水道設備を直ちに利用できない状況であつたのに、直ちに村営水道を利用できる旨説明し、以て、重要な事実について故意に事実を告げず、又は不実のことを告げたというものであるが、被告人は、本件物件を佐藤豊に仲介販売するに当たり、原判示契約当日はもとより、それ以前にも数回に亘り、同人に対し、〈1〉右物件の大部分が都市計画施設(道路)予定地に指定されていることを、道路予定地を記入した都市計画図や、公図写に道路予定地を赤線で記入した図面などを示して、口頭で具体的かつ充分に説明しており、右事実を故意に告げなかつた事実はなく、また、〈2〉上水道設備については、村営水道の本管から右物件まで水道管を敷設するには、井上信也、中井萬里子の所有する隣接地を経由する必要があるが、右物件の売却斡旋者である柳下久雄において、責任を以て井上、中井両名の承諾書を取り付ける旨、真実を告知しているので、何ら不実のことを告げた事実はないのであつて、被告人は、本件公訴事実については全面的に無罪であり、原判決の前示有罪認定は事実を誤認したものである、というのである。

所論に鑑み、原審の記録及び証拠物を調査し、原判決の事実認定の当否を審査するに、原判決挙示の各証拠、就中証人佐藤豊の原審公判廷における供述によれば、原判示事実の存在を一応肯認し得るかの如くであるが、右供述内容はいまだ全幅の信用を措くに足りず、挙示の各証拠を所論引用のその余の各証拠と対比検討するときは、原判示事実が、合理的な疑いを容れる余地のないまでに、証明充分であるとの心証を惹起するには至らないものといわざるを得ない。以下、その理由を分説する。

1  (証拠略)によれば、〈1〉茨城県新治郡千代田村下稲吉字逆西三四六五番の八所在の雑種地(昭和五一年六月二八日畑から雑種地に地目変更)三九六平方メートル(一二〇坪)は、もと同村下稲吉二六一三番地井上信也の所有地であつたところ、宅地建物取引業者渡邉康司の仲介により、昭和四六年五月三〇日売買を原因として、同年六月二日神奈川県川崎市井田一〇〇八番地田邉一己及び同市木月一一〇七番地岩本吉博の共有(持分各二分の一)として所有権移転登記がなされていること(なお、本件契約後である昭和五六年三月二三日、うち一六五平方メートル(五〇坪)を三四六五番の二〇として分筆し、三四六五番の八は二三〇平方メートル(七〇坪)となつている。)、〈2〉昭和三八年三月三〇日建設省告示第一一五一号を以て、神立駅前を起点とし、国道六号線を終点とする全線延長二、三六〇メートル、巾員一八メートルの都市計画道路(路線名、神立・停車場線)が告示され、うち国道六号線寄りの五三〇メートルは工事が出来ているが、その余の区間はいまだ施工されておらず、いつごろ着工されるのか目処も立つていないこと、〈3〉下稲吉字逆西三四六五番の八の土地(分筆前)は、その北東隅と南西隅のごく僅かの部分を除き、大半が右都市計画道路の未着工部分に含まれることとなるが、このような都市計画施設の区域内において建築物の建築をしようとする者は、都市計画法五三条一項本文の定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならないところ、同法五四条によれば、都道府県知事は、当該建築物が、〈イ〉階数が二以下で、かつ、地階を有しないこと、〈ロ〉主要構造部が木造、鉄骨造コンクリートブロツク造その他これらに類似する構造であることの要件に該当し、かつ、容易に移転し、若しくは除却することができるものであると認めるときは、その許可をしなければならないものとされていること〈4〉昭和五五年初ころ、本件土地の共有者の一人である岩本吉博の義兄で、かつて渡邉康司の下にあつて岩本らが本件土地を井上信也から取得するのを斡旋したことのある一級建築士・土地家屋調査士の柳下久雄は、岩本らに対し、本件土地を売却するよう勧誘し、同年六月初ころ、共有者の田邉一己と相談のうえこれを承諾した岩本とともに、「神立不動産」こと被告人方を訪れ、権利証、住民票抄本、土地登記簿謄本、公図写等を示し、本件土地の売却斡旋方を依頼し、右土地が都市計画施設区域内にあることを説明して、被告人の事務所備付の都市計画図(証拠略)で右物件の所在地を指示したところ、被告人は、指示された個所に赤鉛筆で丸印と矢印を記入したうえ、「物件」と記載し、右依頼を引き受けたことがそれぞれ認められる。

2  かくして、被告人は、柳下久雄から売却斡旋を依頼された本件物件を、佐藤豊、関昇の両名に分筆して売却の斡旋をすることとなるのであるが、争点である重要事項不告知・同不実告知との関係で、押収にかかる不動産契約証書一綴(証拠略)中の「物件説明書」の記載を検討すると、上欄に本件物件の表示を記載し、「宅地建物取引業法三五条の規定に基づき、上記物件につき下記のとおり説明します。」としたうえで、所要事項欄に記入しているところ、「〈2〉―1都市計画法等に基づく制限の概要」欄には、関係法令名三一件を列記してあるうち、「1都市計画法」の「1」の数字を丸で囲んであるが、下欄の「制限の内容」欄は空欄のままであり、また、「〈4〉飲用水・電気及び瓦斯供給並びに排水施設の整備状況」欄中の「飲用水」については、「ただちに利用可能な施設」欄の「公営」を丸で囲んだのを抹消して「金川」の訂正印を押捺し、「井戸」を丸で囲んであり、「施設の整備予定」欄に昭和五四年五月と記載してある(証人金川志津の第四回供述によれば、右訂正をしたのは、昭和五五年一二月末に佐藤豊が歳暮に来た機会であるという。)。ちなみに、押収にかかる「重要事項説明書」(本件契約後、佐藤豊が解約を希望したため、同人を売主として他へ転売する形式を取つたもので、昭和五五年一二月一日施行の改正法の様式によつたもの。(証拠略))によれば、「(1)都市計画法・建築基準法に基づく制限」欄中の「1都市計画法」による「制限の概要」として、「都市計画施設の道路予定地内、九〇%、建築確認の前に建築許可が必要」と具体的に記載し、「(2)(1)以外の法令に基づく制限」欄中「25道路法」の「25」の数字を丸で囲み、「制限の内容」として、「一八メートル道路予定地」と記載し、また、飲用水の整備状況に関しては、「直ちに利用可能な施設」として「井戸」を丸で囲み、「施設の整備予定」として「昭和六〇年」と記載してあることが認められ、これと対比すると、前記「物件説明書」の記載は、不備ないし不正確であることが窺われる。

3  ここで、宅地建物取引業法三五条(重要事項の説明等)、四七条(業務に関する禁止事項)一号、八〇条(罰則)の関係につき考察しておくこととする。なお、同法三五条一項の規定は、昭和五五年五月二一日法律第五六号による同法の一部改正(同項に関する施行期日は、同年一二月一日、同年八月一九日政令二一二号)で改正されているが、本件で問題となる同項二号、四号に関する規定内容は、改正の前後を通じて実質的に異らない。

同法四七条は、「宅地建物取引業者は、その業務に関して、宅地建物取引業者の相手方等に対し、次の各号に掲げる行為をしてはならない。」と規定し、その一号に「重要な事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」を掲げており、同法八〇条は、同法四七条の規定に違反して同条一号又は二号に掲げる行為をした者に対する罰則を定めている。

他方、同法三五条は、宅地建物取引業者は、「宅地建物取引業者の相手方等」(本条一項で定義している。)に対して、その者が取得しようとしている宅地に関し、その売買の契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、少くとも次の各号に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して(改正前においては、書面の交付を必要とするのは、一号から五号までに掲げる事項に限られていたが、改正後は、五号の二から一一号までに掲げる事項まで含まれることとなつた。)説明をさせなければならないものとしているので、同法四七条一号にいう「重要な事項」のうち、同法三五条一項各号にも該当する事項、たとえば、本件で問題となつている〈イ〉都市計画法に基づく制限で政令で定めるものに関する事項(同項二号)や、〈ロ〉飲用水等のための施設の整備の状況(これらの施設が整備されていない場合においては、その整備の見通し及びその整備についての特別の負担に関する事項、同項四号)については、同条一項に規定する書面を交付して説明しない限り、同法四七条一号にいう「事実を告げ」たことにならず、その行為が故意に出たものであるときは、同法八〇条の罰則の適用を免れないとの解釈を生ずる余地がありそうに見える。

しかし、同法四七条一号は禁止規範であり、その規定のしかたは実質的であつて、これと、命令規範であり、各号列記による形式的、画一的義務を賦課する同法三五条一項とは、自ずと法文上の性格を異にし、両者の間に直接の関連はないものというべきである。そして、同法四七条一号に告知の方法について何らの限定も置かれていない以上、同号にいう「故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」が口頭による告知をも前提とするものであること(すなわち、口頭で告知していれば不告知に当たらず、また、口頭で不実を告知すれば不実告知となること)は、文理上からも当然のこととしなければならない。従つて、同法四七条一号の「重要な事項」に当たり、かつ、同法三五条一項各号(改正法施行前は一号から五号まで)にも該当する事項について、書面の交付によらず、口頭で告知したに止まる場合には、同法四七条一号、八〇条違反の罪は成立せず、同法三五条一項違反の行為につき、同法六五条二項二号による一年以内の業務停止の行政処分を受けることがあるに過ぎないものと解するのが相当である(同法三五条一項違反の行為につき、罰則を設けると否とは、立法政策の問題に属する。)。

4  そこで、被告人又は被告人の妻で宅地建物取引主任者である金川志津において、本件物件の前記重要事項につき、口頭でどのような説明をしていたものであるかを検討して見ると、(証拠略)においても、本件契約の締結当日である昭和五五年一一月一五日、被告人方事務所に被告人夫妻、佐藤豊、河原井正之、関昇、柳下久雄、岩本吉博、田邉一己の八名が相会した機会には勿論、これより先同年一〇月下旬ころから数回に亘り、同事務所又はこれと隣接する金川志津経営の喫茶店「ロマン」においても、被告人夫妻及び柳下久雄から、佐藤豊、河原井正之、関昇の三名に対し、押収にかかる都市計画図(証拠略)、印刷された本件予定道路上に赤丸を付し、矢印を描いて「物件」と朱書してあるもの)、土地家屋調査士柳下久雄作成名義の同年六月一六日付「土地所在図地積測量図」と題する書面((証拠略)、押収物総目録に「公図写」と記載してあるもの)のゼロツクスコピーに神立不動産のゴム印を押捺し、「都市計画道路予定地」と注記して二本の赤線を記入してあるもの(証拠略)を示すなどして、〈1〉本件物件は都市計画施設の道路予定地にかかるので、家を建てるには(都市計画法)五三条の知事の許可が要る、木造二階建まではよいが鉄筋や地下室は作れない、県に五三条の許可申請する手続は柳下が全部引き受ける、将来、買収になれば、土地については代替地が貰えるし、建物は時価で買取り請求できる、植木一本、石一個にも補償が出る旨、〈2〉飲用水については、村営水道の本管から引くには、隣接する井上信也(本件物件の旧所有者)、中井萬里子(柳下の妹)の各所有地を通さなければならないが、柳下が責任を以て両名の承諾書を取り付ける旨の説明をしたこと(ちなみに、関昇の経営するセキハウス工業株式会社の買い受けた三四六五番の二〇の土地には、その後同社が建売住宅を建て、水道を引いて、茨城井関農機株式会社に売却し、更に同社から坂本博が買い受けて入居しており、また、佐藤の契約した同番の八の土地は、その後、右〈1〉、〈2〉を承知のうえで柳均が転買していること)を、異口同音に述べていることが窺われる。

これに対し、証人佐藤豊の第二回ないし第五回供述は、〈1〉道路予定地であることは聞いていない、同年一二月半ころ隣地の渡邉康司に言われて千代田村役場の開発課へ聞きに行き、初めて知つて驚いた、〈2〉飲用水については、物件に面した公道まで水道の本管が来ているのですぐ引けるという説明であつたというのであるが、同証人の供述は、以下のように、その信用性に疑問を抱かざるを得ない。すなわち、〈イ〉前示のように本件物件説明書(証拠略)には、「〈2〉―1都市計画法等に基づく制限の概要」欄中「1都市計画法」の「1」の数字を丸で囲んで、都市計画法に基づく制限の存することを明示してあるのであるから、被告人に、右制限を秘匿する意図のなかつたことは明らかであり、また、同証人と同一の機会に被告人から説明を受けた買主の関昇は、早速千代田村役場に調査に行き、道路を作るのは一〇年か二〇年先になる、将来道路を作るときには明け渡す旨の一筆を入れて欲しいが、その際は代替地を提供することを条件とするという説明を聞き、悪い話ではないと思つたと供述しているのであるから、同証人だけが被告人の説明を聞き洩らしたというのは不自然であること、〈ロ〉同証人は、弁護人の尋問に対し、建物の規模についての話は出たと思う、平屋か木造二階建で、コンクリートはいけないという話は記憶がある、地下室はいけないという話は記憶ないと述べているが、これは、都市計画法五三条一項の許可の基準であるから(同法五四条)、その話が出たというのなら、その前提として都市計画施設内の物件であることの説明があつたものと考えざるを得ないこと、〈ハ〉同証人は、将来買収になつて補償金が出たら謝礼として五〇万円貰うよと河原井が冗談を言つたことを自認しているところ、これも、都市計画施設内の物件であることを前提とした対話と考えられること(この点につき、同証人は、道路が隅の方へほんの少しかかると聞いたが、少し位なら構わないと思つた趣旨の供述もしているが、程度の如何を問わず、道路予定地にかかるという説明を受けたというのであれば、前掲供述と矛盾することとなるし、また、「隅の方へほんの少し」という程度であるなら、建物買取りの補償金が出る筈もない。謝礼として五〇万円という話が出るからには、一割と見ても、五〇〇万円程度の補償差益を念頭に置いての対話と思われる。)、〈ニ〉同証人は、被告人に本件売買契約の解約を申し出るにつき、道路予定地であることを知らなかつたという理由を挙げることなく、隣家の渡邉康司が変人で附き合いかねることを理由としているが、真実道路予定地であることを知らなかつたというのであれば、右は不自然であり、渡邉の理不尽とも言える言動が窺われるだけに、同証人が本件売買契約を解消することを決意した動機は、むしろ渡邉との相隣関係を嫌忌したことにあるものと認めるのが相当であること、〈ホ〉飲用水については、柳下と井上、金井との関係から、両名の承諾書を得るのは容易なことであり(現に、柳下は昭和五六年二月に両名から承諾書の送付を受けている。)、被告人において敢えて虚構の事実を申し向ける必要は全く無く、証人柳下久雄も、地主(井上)は最初から承諾している、中井は妹だから承諾を取ると説明したと述べている(井上に関しては、証人井上信也の第一〇回供述がこれを裏付けている。)ことに照らしても、証人佐藤豊の供述するような説明がなされたと考えるのは不自然、不合理の感を免れないこと、等の諸点がそれであり、これらに照らせば、同証人の供述は、本件の争点である重要事項の不告知及び不実告知の事実に関しては、その信用性に欠けるところがあるものといわざるを得ない。

次に、被告人の司法警察員に対する供述調書は、〈1〉道路予定地であることは、千代田村役場で確認し、佐藤らに話したが、建築について許可を要することは聞き洩らしてしまつたので、佐藤らにも告げていない、〈2〉飲用水については、昭和五五年一〇月ころ、物件を見に行つたとき、地続きのナスイ洋服店の奥さんに「ここは水道ですか」と尋ねたところ、「そうですよ」という返事であつたので、てつきり家を建てれば直ぐにでも水道は引けるものと思つたというのであつて、右弁解は、原審公判廷における被告人の主張とも異り、また、宅地建物取引業者の常識にも反する不合理な内容であつて、その真偽の程は疑問であるにせよ、被疑事実に関する犯意否認の内容であり、また、被告人の検察官に対する供述調書には、被疑事実に関する具体的供述は全く含まれていないから、いずれも事実認定の資料とするに足りないものといわざるを得ない。

そうだとすれば、本件公訴事実に沿う事実を積極に認定すべき資料に乏しく、他方、本項冒頭掲記の(証拠略)は、これを仔細に対比検討すれば、細部において相互にくい違う部分はあるものの、その大綱においては、公訴事実に沿う事実の存在を疑わせるに足りるだけの具体性を有しており、以上を総合すれば、本件公訴事実に関しては、合理的な疑いを容れる余地のないまでに犯罪の証明が充分であるものとは、到底認められない。

叙上の次第であつて、挙示の各証拠によつて原判示事実を肯認した原判決は、証拠に対する評価を誤り事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかといわなければならない。論旨は理由がある。

三  結語

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に次のとおり判決する。

第二自判の判決

本件公訴事実は、「被告人は、茨城県知事から免許を受け、同県土浦市神立町四〇一一番地の一六三において「神立不動産」の名称で宅地建物取引業を営んでいるものであるが、昭和五五年一一月一五日午後零時ころ、同所において、佐藤豊(当三〇年)を相手に、同県新治郡千代田村大字下稲吉字逆西三四六五番地の八所在の雑種地二三一平方メートルを仲介売却する契約を締結するに際し、同物件が同県知事の許可なしには建物の建築ができない都市計画施設予定地内に存する物件であつたのに、同人に対し、あえてこの事実を秘し、更に、同物件には公営の飲用水の設備等が直ちには利用できない状況であつたのに、直ちに村営の水道を利用できる旨説明し、もつて右業務に関し重要な事項について故意に事実を告げず、又は不実のことを告げたものである。」というのであるところ、右公訴事実については、前段説示のとおり、検察官の全立証を以てしても、犯罪の証明が充分とは認められないので、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪を言い渡すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 草場良八 半谷恭一 須藤繁)

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